夏のおもいで

8月の無気力は伝染するようだ。

車は前年より大きなRVで、いくらか広くて有りがたかった。

中央高速の松本を出てからは、高速道路が繋がっていなかったし、一般道は道が狭い上、ほとんど追い越し禁止線があるため、スピードを上げて追い越しすることも出来ない。

父の実家がある日本海の海辺での休暇が待ち遠しいが、旅行はますます長く感じられる。

そんな君は子供で、ナンバー プレートを推測してみたり、窓から手を出して、空気を想像上の形に分割したりして、退屈を紛らわせている。

君が大人になった今、最高の夏休みは、あの後部座席での怠惰な時間にこそあったことに気づく。

気づきもしないうちに、故郷の美しい風景が次々と流れ、果樹園、野菜畑、田んぼ、菜種…そして大麦など、その控えめな美しさと目もくらむほどの多様性で貴方を染め上げていたことに気づくだろう。

君が小さい頃、君はそんなものに興味は全然無かった。

しかし、今ではそれに情熱を注いでいる。

田舎の家であろうと金沢のバーの棚であろうと、我々の国のほとんどどこにでもある. 一見、何も変わっていないもの。

”海の家”のカフェレストランの日よけの下に座って、生ぬるい飲み物を頼む。

ビールかどこにでもある子供の頃のクリームソーダーかで迷いながら、バックバーを見渡す。

驚きだ!いつものくたびれた焼酎の永遠のほこりっぽいボトルと並んで、ラムやスコッチウィスキーのボトルが何本かいぶし銀の光を放っていることを。

7 月でも 8 月でも、信州、日本海、京都。いずこへ行く場合でも、同じような光景が繰り返された。

そしてふと、グローブボックスからあふれ出たロードマップの裏に書かれたあるモットーを思いだす

–あのころ、GPSはまだ存在していなかった–

“最高のパフォーマンスは持続するものである”と。